戦場の熱い突風に煽られ、焼けとろけた砂糖菓子の風合いをした金茶色の髪が鮮やかな紺碧の軍服と共に大きく翻り、靡く。

砲弾から産み出された風は硝煙の臭いを含んで鼻腔を擽る。そのつんと神経に障る香にジェイドがほんの僅か意識をそらせた一瞬、眼前でへたり込んでいた男が無け無しの気概を振り絞って突進して来た。

 

「このバケモノ!」

 

投げつけられた悲鳴じみた罵倒に眉宇を曇らす事もなく、ジェイドは艶然と微笑んでその命を摘み取った。

真っ赤な血飛沫を上げて駆けて来た勢いのまま、自身の背後へ向かって倒れこんでいくその骸さえも一顧だにせずに。彼は制圧したこの地点を離れ、前進した戦線を追う為に周囲の配下に激を跳ばしながら足を踏み出す。

それでも粉塵の舞う最中、死霊使いは自嘲するでもなく飄々と一人ごちた。

 

「そんな事、とうに知っていますよ」

 

その亡骸が得たものは、剣戟と遠く響く爆音に掻き消されかけた、そんな褪めた台詞ただ一つきり。

 

 

私は人の心をもちえぬ魔物なのだと、

誰よりも己自身が一番に理解している。

 

 

 

 

29.布団を手繰って枕に頬を押し付けて、考える

    明日が来るかではなく、未来は輝いているのかと

 

 

 

 

つまらなさそうに頬杖をついて、執務机に向かい御璽をぺたぺたと捺していく皇帝の傍らに侍り、紋印を得た紙と未だ得ていない紙とを交換してやっていた臣下が、ふいに話し掛けた。

「人ではないのだと言われましたよ」

端整な容貌を表面上のみ甘く溶かした臣下謙親友謙愛人を見上げ、皇帝はついと眉を上げて見せる。

「どうした急に」

声を掛けられたのを切欠に、御璽から手を離し、当に飽いて来ていたに違いない書類を放り出して―それでも、その内容すべては彼の頭に刻み込まれている事を疑いはしない―すっかり話をする体勢に入った情人に、話を振ったのは自分かと苦笑して、ジェイドは皇帝陛下のさぼりを見過ごしてやることにする。

仕事をしない陛下の御守と監視のために派遣されてきたのだったが、急を要する案件はすべて終わっているので構わないだろう。

「いえ、唐突に思い出しましたもので。バケモノの手をよく触れるな、と」

こんなにも汚れた罪深い手を、と嘯いて、投げ出されて卓上に散らばった書類を拾い上げ、丁度ピオニーの目の位置と同じ高でそれらを纏めていく男の、雪さえも欺くほどに白い、ほっそりと筋張った手。

その膚を見詰め、ピオニーは己の褐色の膚を触れさせた。

「陛下?」

浮き出る中手骨を辿る無骨な指先を不思議そうに見下ろす禍々しいほどに赤い瞳に、皇帝は笑う。

「お前はホントに時々バカだよなぁジェイド。触れるに決まっているだろうが」

「陛下」

「それを命じたのは俺なんだから当然だろう。もっとも多くを殺しているのはお前でも誰でもなく、俺にきまっているからな」

自身を嘲弄する言葉に不快そうにピオニーを呼んだジェイドは、続いた言葉に開いた口をつぐんだ。

いつの間にか臣下としての視点に慣れきり、遠ざかっていた客観的な見方を示唆されて己の迂闊さに顔を歪める天才は本当に、それを考えもしなかったようだ。

「この手が血に塗れているのは俺のためだ。―――もっとも業が深いのは俺だということを忘れるな、ジェイド」

そっと掴んで引き寄せた真白い指先に口付けて言い聞かせるように語る男の、ジェイドを射抜く鮮烈な青は、万民を治める皇帝のもの。

ただ、愛撫する唇と己を捕らえる温度だけが痺れるほどに熱く甘く、日毎夜毎にこの肉を貪る猛禽のものだ。

皇帝と言う名の、殺戮者。

それがジェイドの情人の名だった。

「死霊使いとは似合いだろう?」

朗らかに、太陽のごとく笑う、屍の頂きに坐す皇帝。

その威光に目を焼かれ、誰一人気づくことのないその赫をただ一人知らされて、身竦む所か喜悦を覚える己は可笑しいのだろうかと自問したジェイドは、すぐさま意味をなさないであろう回答を出すことを放棄し、自身を射竦める青に薄く笑みを浮かべ、普段どおり道化て見せる。

「それもそうですね。いやー失念していましたよ。普段のあなたがあんまりにもぐうたらで♪」

「だからなジェイド?お前は俺と一緒にどこまでも逝くんだ」

「どこまでも、ですか?」

「どこまでも、だ。死が俺とお前を別とうと、そんな事は関係ない。お前は俺に着いて来い」

愉しげに問い、答え。追って、追われて。逃すまいと、男がきつく戒めてくるまでもなく、ジェイドには逃れるつもりが元よりない。

目立たずとも槍を振るう為に節くれだった男の指先を握り締めていた皇帝の指はいつの間にか解かれていたが、すぐさま厚い軍服を身に着けてなお細い腰を腕が拘束するように巻き取ってしまった。そのまま、母の慰撫を求める幼子のようにピオニーがジェイドの腹部に顔を埋めてくる。

 

「愛してる、俺のジェイド」

 

真摯な祈りにも似た、熱帯びる支配者の呟きに、それを向けられたジェイドは己の物よりも明るい金色に両の指を潜り込ませて少し離したその頭部へ、腰を屈め軽く音を立ててキスを捧げる。

 

「仕方ないから、付き合って差し上げますよ。へーか」

 

愛の囁きにも似て、それは密やかでやわらかだった。

 

 

 

 

 

背後に死者を折り重ね茨の道歩みし唯一たる至尊の君よ。

孤独なる御身へ怨嗟の声を連ねるその数多の亡霊すらも忠実なる使役へと墜し、私はあなたと共に歩もう。

 

 

 

 

 

 

 

どーしてこう話が脱線していくのか、皆目検討が尽きませぬ・・・

愛か?愛ゆえか?

てか、愛はいいから、早いとこディストにも出番を譲ってあげてよ、ピオニーさま

貴方が頭を選挙しているせいで、ディスジェイの筆が進まないんだから